恵みの下にいる喜び
こんにちは~![]()
今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみましょう![]()
今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙6章12-14節です![]()
従って、あなたがたの死ぬべき体を罪に支配させて、体の欲望に従うようなことがあってはなりません。
また、あなたがたの五体を不義のための道具として罪に任せてはなりません。
かえって、自分自身を死者の中から生き返った者として神に献げ、また、五体を義のための道具として神に献げなさい。
なぜなら、罪は、もはや、あなたがたを支配することはないからです。
あなたがたは律法の下ではなく、恵みの下にいるのです。
前回、罪に対する死ということをご一緒に学びました。
11節では「このようにあなたがたも自分は罪に対して死んでいるが、キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだと考えなさい」とありますが、私たちが罪から解放されるには、私たちの古い、罪そのものであった自分は、あの十字架のイエス様と一つに結ばれて、イエス様と共に死んだということ、そして今、復活のイエス様と結ばれて、イエス様によって生かされているということを考えること、知ること、認めることによります。
イエス様と共に古い自分は死んでいること、イエス様に結ばれ、今、復活のイエス様の命で生かされていること、これは事実です。
実際にそれはなされました。
しかし、私たちがそれを認めない限り、それが私たちの経験とならないのです。
私たちがそれを認めるとき、それが私たちの内で適用され、経験となるのです。
ですから私たちにとって必要なこと、それは日々それを知り、認め、十字架のイエス様の内にいる自分を見ることです。
さて、今日はこの罪から解放され、自由とされた私たちがこれからの生涯において、どのような生き方をすればよいのかをご一緒に学ぶこととしましょう。
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従って、あなたがたの死ぬべき体を罪に支配させて、体の欲望に従うようなことがあってはなりません。
また、あなたがたの五体を不義のための道具として罪に任せてはなりません。
かえって、自分自身を死者の中から生き返った者として神に献げ、また、五体を義のための道具として神に献げなさい。(12-13)
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私たちの古い自分は死に、罪の奴隷状態から解放されました。
この次に私たちがする必要があるのは「献げる」ということです。
パウロは「五体を義のための道具として神に献げなさい」と言っています。
私たちは罪から完全に解放され、自由とされました。
しかし罪が消えて無くなったわけではありません。
罪はまだあります。
この世はサタンの支配下にあり、罪で満ちています。
私たちは確かに罪から自由にされました。
しかし再び罪の波に飲まれてしまい、罪の支配下に引き戻されてしまう可能性があるのです。
だからパウロはここで「神に献げなさい」と言っているのです。
この「献げる」という言葉ですが、原語であるギリシャ語では「並んで立つ」とか「近くに立つ」という意味があります。
私たちが罪の世界を愛し、そこに身を置く時、それは罪に身を委ねていることになります。
逆にイエス様と一つに結ばれて、内にいますイエス様の命に身を任せて歩む時、それがパウロがいう「神に献げる」ということになるのです。
私たちが再び罪に支配されないためにすること、それは何よりもこの「神に献げる」ということをすることです。
では具体的にどうすればよいのでしょう?
それは何よりも11節にあるとおり、「キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きる」ということです。
つまりイエス様と一つに結ばれ、私たちの内にいますイエス様の命にお任せして、イエス
様に導いていただくことです。
自分の考えややり方、固定観念などを降ろして、御霊の導きに自分の思いを合わせるのです。
これが「神に献げる」ということです。
しかし私たちはこの世に住んでいる以上、罪の影響下にいます。
そして私たちはとても弱い存在です。
私たちがイエス様と結ばれて、イエス様の命で生かされ歩んでいる間はいいです。
しかし、私たちがもし罪の世界に心を開くと、再び罪の支配の中に入ってしまうこととなります。
ですから、罪を犯してしまう、躓きとなる場所に近づかないことです。
私たちはどんなに一生懸命に我慢しても、それに対する欲望は非常に強く、脳がそれをインプットしています。
ですからちょっとの刺激でそれに対する欲求が膨らんでくるのです。
そして我慢出来ず、再びその中に入ってしまいます。
それ程私たちは弱いのです。
決して「自分は大丈夫」と過信しないことです。
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なぜなら、罪は、もはや、あなたがたを支配することはないからです。
あなたがたは律法の下ではなく、恵みの下にいるのです。(14)
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これがパウロが「罪に対して死んでいる」と言った結論です。
罪はもはや私たちを支配することはありません。
罪の支配下、つまり奴隷状態にあった「私」はイエス様と共に十字架で死んだのですから。
支配するルートは完全に断ち切られたのです。
しかし、罪自体は残念ながら、まだ消滅していません。
サタンもそうです。
サタンは私たちの弱さを通して誘惑し、攻撃してきます。
だから、私たちが弱いところに近づかないことです。
そして何より大切なこと、それは、私たちはもはや「律法の下ではなく、恵みの下にいる」ということを知ることです。
私たちは今、恵みの下にいるのです。
だから罪からも自由なのです。
そのことを日々味わい、感謝することです。
私たちは今、恵みの下にいます。
恵みとはイエス・キリストです。
イエス様は私たちの内に今おられます。
このお方と日々一つに結び合わされ、このお方の内に座り、安息するのです。
周りは時に嵐があるでしょう。
罪の誘惑もありましょう。
試練や艱難や痛い思いをすることもあるかもしれません。
しかし外がどんなに嵐であっても、私たちがイエス様の内に留まり、信頼し、イエス様の命にお任せする時、私たちの内に主の平和が溢れ、流れてきます。
私たちは今、罪の中ではなく、恵みの中にいるのです。
そう、私たちは自由なのです。
さあ、キリストの自由を味わい、満喫しようではありませんか、ハレルヤ。
祝福を祈ります。キリストの愛を込めて。。。
ではでは![]()
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