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2010年1月30日 (土)

私たちはもう死んでいる

こんにちは~happy01

今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみましょうheart04

今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙7章2-4節ですshine

   
   

結婚した女は、夫の生存中は律法によって夫に結ばれているが、夫が死ねば、自
分を夫に結びつけていた律法から解放されるのです。

従って、夫の生存中、他の男と一緒になれば、姦通の女と言われますが、夫が死ねば、この律法から自由なので、他の男と一緒になっても姦通の女とはなりません。
  
ところで、兄弟たち、あなたがたも、キリストの体に結ばれて、律法に対しては死んだ者となっています。

それは、あなたがたがが、他の方、つまり、死者の中から復活させられた方のものとなり、こうして、わたしたちが神に対して実を結ぶようにようになるためなのです。

   
  
  
前回まで、私たちが律法から解放されて自由にされるには「死ぬ」以外にないということを2回に渡って学んできました。

今日はこの「死ぬ」ということについてをご一緒に学ぶこととします。

   
  
ローマの信徒への手紙7章4節にはこのように書かれています。
   
ところで、兄弟たち、あなたがたも、キリストの体に結ばれて、律法に対しては死んだ者となっています。

それは、あなたがたが、他の方、つまり、死者の中から復活させられた方のものとなり、こうして、わたしたちが神に対して実を結ぶようになるためなのです。

  
  
イエス様はアダム以来引き継いできた罪そのものとして十字架につかれました。
  
それは犠牲の捧げ物そのものです。

まさに十字架上で血が注がれ、その体が裂かれたのです。

その時、私たちもまたイエス様の内にいて、共に十字架につき、その体が裂かれ、死んだのです。

パウロは4節で何と言っていますか?

「あなたがたも、キリストの体に結ばれて、律法に対しては死んだ者となっています」と
言っています。

そう、私たちの霊はあの十字架上でイエス様と結び合わされ、一つとされて、イエス様の内で共に死んだのです。

昔アニメの一シーンで「お前はもう死んでいる」という決めゼリフがありましたが、まさにそう、あなたも私ももう死んでいるのです。

問題はそれを受け入れるかどうかです。

これから死ぬのではないです。

臨終の状態で死につつあるのでもありません。

はっきり言います。

「もう死んでいる」のです。

これをアーメンと受け入れるとき、私たちは自由とされます。

主が皆さんの目を開いてくださり、この真理を素直に受け入れられるよう、聖霊様が皆さんの内に働き、その霊的現実を見せてくださるよう、心からお祈りします。

  
  
さて、私たちがクリスチャンになった時のことを思い出してみてください。

皆さんはいろんな形でクリスチャンとなられたこととおもいます。

しかし皆さんがクリスチャンになったとき、何か努力をしましたか?

自分の罪を認め、イエス様が私の救い主であり、私のために十字架にかかられたことを受け入れただけですよね。
  
そこに何の努力も葛藤もありません。

苦しいのはそれが受け入れられない時です。

しかし、それを受け入れた時、今までのあの葛藤は、苦しみは何だったのだろうと思うくらい楽になったことと思います。

  

実はこの「イエス様と共に死んでいる」ということも全く同じなのです。

ところが、これを頭で理解しようとします。

そして自分の内面を見つめてしまいます。

するとどうなるのでしょう?

「私はまだ死んでいない」となるのです。

「私」は未だ不十分ですし、弱さもいっぱい抱えています。

そのようなものを否が応でも突きつけられ、そして「ああ、まだまだ死んでいない」となり、死ぬことを求めるのです。

しかしその結果は律法の縄目に陥り、ある人は律法的になり、肉の努力で死んだ者としての行動をします。

しかしそうしようとすればするほど、余計に苦しくなります。

その結果諦めてしまうのです。

   
  
私たちが自分の内面を見つめてしまうと、このように落ち込んでしまいます。

私たちは確かにイエス様と共に死んでいます。

しかし、まだ肉体という制限の中にいて、弱さを身にまとっているのです。

そして今、私たちはイエス様の似姿への造り替えの最中なのです。

マルコによる福音書4章26節でこのように言われました。

神の国は次のようなものである。

人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。

土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂に豊かな実ができる。

(マルコ4:26-28)

   
植物が育つ過程において、いつ芽を出すか、花が咲くのか、それはわからないですよね。
  
いつの間にか芽が出て、成長します。

それと同じなのです。

私たちが造り替えられるのは聖霊の働きです。

ですから、まず自分の内面を見つめ、自分で自分を罪定めして責めることを止め、聖霊のなさることに身を任せることなのです。
  
自分を成長するのは私たちの努力ではないです。

成長させるのは神(1コリ3:6)なのです。

私たちが聖霊のなさることに身を委ねる時、いつの間にか変えられていることを発見します。

そう、いつの間にかです。

    

    
私たちはイエス様が十字架にかかられたとき、イエス様の内にいて、私たちはイエス様と共に死にました。

私もあなたもイエス様の十字架と結ばれて、一つとなり、死んだのです。

今日、この事実をアーメンと信じ受け入れましょう。

そして自分の内面を見て、自分を責めることに卒業しましょう。

主はそんな私たちを愛してくださり、私たちを休ませてくださいます。

力を抜いて、主に委ね、そこに安息するとき、自分でも気づかない内に、内側が変わっています。

イエス様の命が満ちていき、私たちの内にイエス様のご性質が現されていきます。

これもいつの間にかです。
  
さあ、自分の内側を見たり、責めたりすることを止め、ご一緒にイエス様の中に座り、安息し、イエス様を味わい、思い存分楽しみましょう。
  
祝福を祈ります。キリストの愛を込めて。。。。

ではではconfidentpaper

    
  

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