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2006年9月 4日 (月)

知恵と訓戒

こんにちは (^o^)
今日は一日とっても天気が良かったですね。
教会の近くが海で、午後少しだけですが海に行って来ました。

まだまだ人が多く、サーフィンをしている人もけっこういました。
多分今日、来週がピークなんでしょうね。

再来週ぐらいに教会でバーベQをやる予定とのこと、またビーチバレーをしたりして遊ぶ予定です。その時また報告しますね。

 

さてさて、今日の礼拝のことです。
今日から礼拝のメッセージは旧約聖書の箴言です。

日曜日の礼拝では毎週「講解説教」と言われているスタイルなんですが、聖書を1章づつ読んでいます。

で、前回までは旧約聖書の民数記を読み、今日からは箴言です。

 
今日は箴言1~2章を学んだのですが、そこから多くのことを教えられたので分かち合います。
 


主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ(1:7)
 

アメリカではこう言葉があるそうです。

私を知ることは私を愛すること

これ、別に聖書のことばでも何でもないですよ。

どういう意味かというと、「私を知れば知る程、私の魅力がわかって私を愛するようになる」っていう意味らしいです。

凄い自信があるようですね(笑) 恋人に対して言う言葉らしいです。

でも実はこれ、主に対する事と同じなんです。

神様について知れば知るほど、このお方についてわかり、その結果このお方を愛する。
それと同時にこのお方を悲しませたくないという思いで満たされ、おのずと悪から離れるのです。

そしてこの箴言こそはその知恵と知識に満ちている書なのです。

聖書を読むとき、うわべだけ「いいこと言ってるなぁ~」っていう読み方ではなくて、主のことばとして深く読む必要がありますね。

そして聖書のみことばを通して主を知ることこそ知識の初めなんです。

そして知れば知る程、神様を愛し、敬い、畏れます。

実は神様を知ることって神様を愛することなんです。

この箴言、最初から最後まで、まるで営業トークのようにこの事が書かれているのです。

 

わが子よ。彼らといっしょに道を歩いてはならない。あなたの足を彼らの通り道に踏み入れてはならない。(1:15)

この箇所の前のところ、10~14節にこのように書かれています。

わが子よ。罪人たちがあなたを惑わしても、彼らに従ってはならない。
もしも、彼らがこう言っても。
「一緒に来い。われわれは人の血を流すために待ち伏せし、罪のない者を、理由なく、こっそりねらい、よみのように、彼らを生きたままで、のみこみ、墓に下る者のように、彼らをそのまま丸のみにしよう。あらゆる宝物を見つけ出し、分捕り物で、われわれの家を満たそう。おまえも、われわれの間でくじを引き、われわれみなで一つの財布を持とう。」

私たちはこのようには誘われないですよね。でも似たような誘惑はあると思います。

「これぐらいいいじゃないか。。。」とか、罪の誘惑ってありますよね。
それはほんの些細な事のように感じるようなものでもそうです。

そうならないためにはどうしたらいいでしょう?
そこで上のみことば、15節で
わが子よ。彼らといっしょに道を歩いてはならない。あなたの足を彼らの通り道に踏み入れてはならない
って言ってるんです。

つまり罪のあるところに身を置かないことです。そしていつも神様の側に立つ決断をすることです。

そしてそれはそのような状況に遭遇した時ではなく、何も問題の無い時からそのような決断をするのです。

前もって決断をしておけば、このようなプレッシャーと言いますか、罪の誘惑のプレッシャー以上の強い意志を持つことが出来、その誘惑に負けることがないんです。

 

あなたは、他人の妻から身を避けよ。ことばのなめらかな、見知らぬ女から。彼女は若いころの連れ合いを捨て、その神との契約を忘れている。彼女の家は死に下り、その道筋はやみにつながる。彼女のもとへ行く者はだれも帰って来ない。いのちの道に至らない。

この女性、売春婦とか遊女じゃないです。ごく普通の奥さんです。
ご主人との間で満足できず、またうまく行かず、別の男に心惹かれているのでしょう。

※☆※★※☆※
これはメッセージでは言ってないことですが、こういう人ってけっこういると思います。
例えば会話がない、夜ご主人が直ぐに寝てしまい、セックスレスの状態だとか。。。

その結果、他の男に心が惹かれ、その男性にある種の期待を込めて、いつの日か肉体関係となってしまう。。。

非常に現実的で、昨今の不倫ブームもこのみことばと同じことが原因だと思います。
※☆※★※☆※

さて、箴言はこのような女から身を避けよと言っています。
もちろん逆も有りで、こういう男から身を避けるべきです。

ことばのなめらかな、見知らぬ女

男って単純な存在です。どれだけ自分が素晴らしいかを聞くのが好きな存在なのです。
ヒーローでありたいという思いが強いんです。

で、女性からこのようにどれだけ素晴らしい人なのかを言われて、その人がヒーローであるかのように褒められたら、男はもう何でも言う事を聞いちゃいます。

そしていつの日か男を支配するのです。すると男は彼女の望むとおりにするようになります。

でもその結果は2章18~19節に書かれているように、死に至り、その道筋は闇に繋がっています。

また彼女のもとへ行ってしまったら、もう帰って来ず、いのちの道に至りません。

だからこそそのような事から身を避ける必要があるのです。

今回、罪から身を避ける必要、特に異性に対して、性的な事に対して身を避ける必要があることを感じました。

 


わたしの叱責に心を留めるなら、今すぐ、あなたがたにわたしの霊を注ぎ、あなたがたにわたしのことばを知らせよう。(1:23)

わきまえのない者の背信は自分を殺し、愚か者の安心は自分を滅ぼす。しかし、わたしに聞き従う者は、安全に住まい、わざわいを恐れることもなく、安らかである。(1:32~33)

だから、あなたは良い人々の道に歩み、正しい人々の道を守るがよい。正直な人は地に住みつき、潔白な人は地に生き残る。しかし、悪者どもは地から絶やされ、裏切り者は地から根こぎにされる。(2:20~22)

人は誰も叱責されることを嫌いますよね。

でもこの箇所を見ると叱責は悪いことではないことがわかります。

箴言9章8節にはこのように書かれています。
あざける者を責めるな。おそらく、彼はあなたを憎むだろう。
知恵ある者を責めよ。そうすれば、彼はあなたを愛するだろう。

また新約聖書のヨハネの黙示録3章19節にはこう書かれています。
わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。

私たちは何かをするとその刈り取りをすることとなります。そしてこの刈り取りの方が人に叱責されるよりも痛いです。その代償は大きいです。

特に神様からの叱責はとても大切です。

神様は私たちを良くするために叱責をします。主は私たちを守りたいと思っているのです。

どうしてでしょう?神様は私たちの完全なお父さんだからです。

この世はどこに行っても傷つくことばっかりですよね。

でも神様は決して私たちが痛むことや傷つくことを願っておられません。
逆に祝福を願っているのです。

だからこそ神様は私たちを叱責されるのです。

最後にこの箴言ってどういう書でしょう?

それは神様の祝福を受け取るための招待状なのです。

☆★☆★☆★☆★☆★

これが今日のメッセージの大まかな内容でした。

これから暫く日曜日の礼拝で箴言を学びます。これからの時、とっても楽しみです♪

主がこの箴言を通してどのようなことを教えてくださるのか、示してくださるのか、とっても期待しています。

ハレルヤ、主よ、感謝します!

ではでは(^_^)/~~

 

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